倭国伝説的女帝

記紀に記載されているが、存在が確認されていない女性天皇として神功皇后が考えられます。記紀においても「天皇」とはされていないが、同列に扱われています。
神功皇后
神功皇后は、第14代仲哀天皇の皇后とされます。日本書紀(以下、「書紀」)によると、仲哀天皇は熊襲討伐のため九州に渡りました。そこで、神寄(かみよせ)の楽器演奏を行ったところ、キサキである神功皇后に神が降ります。神は、朝鮮半島への出兵を促しました。しかし、仲哀天皇は、朝鮮半島への進攻を行わずに、九州で崩御なさいました。神の命に背いたからでしょうか。
神功皇后は第9代開化天皇の子孫でした。仲哀天皇の子を身ごもったまま、神託に従って半島に渡り、財の国を得ます。これが三韓でした。朝鮮半島の南の先の一部でしょう。帰国後、神功皇后が産んだ皇子が、第15代応神天皇となります。神功皇后は7世紀に成立です漢風諡号を追贈されていないため、厳密には天皇とは言えないかもしれません。しかし、書紀に巻第9を丸々占めていることから、ここでは上古の天皇として数えました。江戸時代までは第15代天皇とされ、一説には「神功天皇」ともいわれたようです。